石和温泉郷は、山梨の甲府盆地のほぼ中心に位 置し、四方を大菩薩連嶺や南アルプス、富士山、御坂山塊などに囲まれた美しい環境にあります。 また、戦国時代の武将武田信玄公ゆかりの地でもあります。昭和36年1月、突然ぶどう畑の中から摂氏 60度の良質温泉が多量に湧出されました。今では、ホテル旅館も150軒を数え年間約300万人もの観光客が訪れます。

●石和村は明治36年、町制を施行して県下二番目の町となり、戦後復興期の昭和31年には、町村合併促進法によって英村と岡部村が合併。翌年一部の地域が御坂町や春日居村(当時)へ分離合併しましたが、昭和34年には富士見村が合併して人口1万1千人、面 積14.92k?を擁する新石和町が誕生し現在に至っています。

●鵜飼勘作の伝説
殺生禁断の石和川(現在の笛吹川)で、親孝行で鵜使いの勘作が病気の母のため漁をしたところ、役人に見つかり 簀巻きの刑で殺されてしまいました。
それからは石和の里に、青白い火の玉 が飛び交い、幽霊が彷徨しました。ある夏の夜、旅のお坊さんが幽霊と出会い、身の上話を聞いてあげました。気の毒に思ったお坊さんは、そばに合った井戸の水で墨をすり川石のひとつひとつにお経を一字ずつ書き、石和川に投げ込みました。三日三晩かかって書き終わり、「南無妙法蓮華経」と拝みました。こののち、夜なっても石和の里に、人玉 が飛んだり幽霊が出たりすることはなくなりました。
そのお坊さんは「日蓮上人」で、経文を書く時使った井戸が現在も「お硯水」と呼ばれて残っております。そしてお経の書いてある石は、今も鵜飼山遠妙寺の宝物として残っています。
石和川は、いつの頃からか、鵜飼川と呼ばれるようになりました。



石和町の伝説を代表する鵜飼勘作の悲哀に満ちた物語は、今日、立派な口承文芸となり語り継がれています。また、この話をもとにして、平安時代から続いたといわれる「徒歩鵜(かちう)」を再現、夏の風物詩として訪れる観光客を楽しましています。

ぶどうの原産地は、中央アジアのカスピ海沿岸地方 コーカサス付近が故郷という。 森や野に自生してい たぶどうは人との出会いによって長い年月をかけて シルクロードを旅して山梨の地にたどり着きました。 明治10年日本で初めての酒造会社が設立され 2名の派遣員をフランスに送り多くの人々の努力に よって120年経った今、山梨のワインは世界に通 用 するワインを造り出しています。

フルーツ王国「山梨」とその名に恥じない日本でも有 数の果物果実の生産が盛んなのが山梨です。ぶどう はもとより、もも、柿、なし、今ではさくらんぼやいちご までも全国に出荷しています。それは山梨の甲府盆 地がフルーツを作るのにとても適していて、関東のお 客様の「フルーツ狩り」の観光名所として人気があり ます。年間を通していろいろな果物がお楽しみいただ けます。

水晶発祥の地「昇仙峡」。今でも昇仙峡奥の水晶峠 では水晶の洞窟が確認されています。しかし現在山 梨は水晶の加工だけでなく宝石の加工技術が世界 でもトップクラスの技術を誇ります。ドイツのイーダオ ベルシュタインと姉妹都市を結び研磨技術の交流が 盛んです。現在では日本で扱う宝石の半分が山梨で 加工され全国の宝石店で扱われています。 製造直 販売店も多く、その品数と価格には県外からのお客 様はきっと驚かれるでしょう。

山梨県石和温泉 国際観光旅館
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